生活

自分に自信がないなら今すぐ筋トレを始めるべし|筋トレがネガティブ人間にもたらしたもの


「自分に自信がない」
「自分を好きになれない」
「生まれてこなければよかった」

こういった気持ちはよくわかる。私も同じ気持ちでずっと生きてきたからだ。

しかし今は少し状況が変わった。ネガティブ思考が薄くなり、少なからず自分を認められるようになった。死んでしまいたいと考えることが少なくなった。

きっかけは筋トレだ。この記事では、私自身が体感した、筋トレがもたらす恩恵について語りたい。

筋トレすることで得られるメリット


近年、一部の界隈で話題になっている本がある。これだ。

本書によると、筋トレには次のようないいことがあるようだ。

メンタルヘルスが向上する
自尊心が高まる
アンチエイジング効果がある
生産性・記憶力・創造性が向上する
集中力が高まる
ダイエット効果がある
健康にポジティブな影響がある
死亡率が低下する
糖尿病を予防できる可能性がある
体が柔軟になる
ポジティブ思考になる


メリット多すぎない? 私もそう思った。なんて宗教くさい本なんだと放り投げそうになった。しかし、本の中ではきちんと科学的根拠も示されている。興味があれば読んでみてほしい。

かくいう私も、この本を読んだことがきっかけで筋トレを始めたクチだ。何も変化がなければすぐにやめようと思っていた。しかし結果として、現在までトレーニングを続けることができている。

筋トレにはたしかに自分を変える力があった。中でも私が特に実感したのは、自己評価の高まりだ。

なぜ筋トレで自己評価が高まるのか


筋トレとメンタルヘルス。一見して何ら関わりがなさそうだが、実はそうではない。両者には密接な繋がりがある。

上述の本の内容を参考に、筋トレがなぜメンタル向上に好影響を及ぼすのか、その理屈を2つ紹介していこう。

気持ちを前向きにするホルモン等が分泌される


筋トレをすると、メンタルにいい影響をもたらすホルモンや神経伝達物質が分泌されることが分かっている。例えば以下のようなものだ。

テストステロン……やる気や闘争心の向上
セロトニン……心を落ち着かせる、安定させる
ドーパミン、βエンドルフィン、ノルアドレナリン……多幸感や気分の高揚、興奮など


自分の感情を決めているのは、実は自分自身ではない。体内を巡る化学物質が思考にも大きな影響を及ぼしている。

例えばうつ病などは典型だ。抑うつ状態というのは、セロトニンという神経伝達物質が欠乏することによって引き起こされる症状に過ぎないからだ。言葉の通り、脳の病気なのである。

逆に筋トレをすれば、セロトニンを始めとした様々なメンタル向上物質が分泌される。つまり化学的に見れば、嫌でも前向きになるということだ。

成功体験を積める


筋トレをしていると、成長を感じたり達成感を覚えることが多くなる。

腕立ての回数が増えた
腹筋が割れてきた
胸板が張ってきた
腕の筋肉が盛り上がってきた


実にシンプルで分かりやすい。

才能などは関係ない。筋肉は誰に対しても平等だ。どんなダメ人間でも、社会不適合者でも、やれば必ず結果が出る。

筋トレをしていると、人は変われることを実感できる。成功体験を積み上げられる。だからますます打ち込める。

こうした好循環の果てに、自分の努力を自分で認めることができたとき、初めて私たちはブレることのない自信を獲得できるのである。

筋トレがネガティブ人間にもたらしたもの


理屈はわかった。だが、本で語られているだけでは机上の空論に過ぎない。

実際のところはどうなのか、試してみることにした。

自慢ではないが、私の自己評価の低さは全国的に見てもトップクラスだ。右に出るものはそうそういないと自負している。

そんな私が、実際に筋トレを始めてからどのような変化があったか。解説していきたい。

自分を認められるようになった


筋トレすることで、自分の個性を認めることができるようになった。

かつての私は、社会にうまく適合できない自分にいつも劣等感を覚えていた。多くの者が当たり前のように手に入れる平凡な人間関係、それすら構築できない自分は、救いようのない無能なのだと思っていた。

努力をしなかったわけではない。自分なりにそこそこ頑張っていたつもりだ。

心理学を学び、自己啓発本を読み、鏡の前で笑顔を作る練習をした。しかし、長い時間をかけて体と脳に刻み込まれた自分自身に対する不信感は、付け焼き刃の知識で改善できるものではなかった。

それが、筋トレを始めたことで状況が変わった。

コミュ力があがったわけでも、人なつこい性格になったわけでもない。人間全般に対する嫌な気持ちは、依然として残ったままだ。

ただ、周囲に調和できない自分を、それも個性だと認められるようになったのだ。

そもそも口数が少ないことや根暗な性格であることは、別に悪いことではない。誰かに迷惑をかけているわけでもないし、損害が発生するわけでもない。なのに私たちは、なぜか勝手に恥だと思い込んでしまう。

誰もができることが出来ない自分。周りに同調できない自分。そんな自分を認めてもいい。単なる得意不得意の問題だ。個性が多数派でないだけだ。

筋トレで自己評価が高まると、不当に自分を貶めることがなくなる。精神的にはかなり楽になること受け合いだ。

胸を張って歩けるようになった


筋トレすることで、胸を張って歩けるようになった。これは比喩ではない。発達した胸筋が、実際にシャツの中で張っているからだ。

でもそんな事はどうでもいい。堂々とした態度を自然に取れるようになる。この事実が大きい。

病は気からという言葉がある。自信も同じだ。見せかけからでいい。

脳は見せかけのポーズに簡単に騙される。「自分は胸を張って歩くに値する人間なのだ」と勝手に勘違いを始める。どれだけ毎日が苦しくとも、「幸せ」だと口にすれば幸福になれる原理と同じだ。だから形から入ることは大切である。

堂々とした佇まい。毅然とした態度。私には無縁のものだと思っていた。しかし筋トレのおかげで、徐々にこうした振る舞いができるようになりつつある。

他人からの評価が気にならなくなった


自分の成長を実感することで、多少なりとも自尊心が回復したからか、他人からの評価が気にならなくなった。

他人の目が気にならなくなった、と言い換えてもいい。いちいち顔色をうかがい、機嫌を損ねないように神経をすり減らす。そんなことに価値を見いだせなくなったのだ。

評価基準は常に自分でいい。自分が正しいと思うことをすればいい。

考えてみれば当たり前のことだが、これができない人間は世の中に多い。同調圧力の強い日本では、周囲の目を気にしながら生きていくように教えられてきたからだ。

私は筋トレをしていく中で、このような同調圧力が蔓延する価値観がバカらしく思えてきた。

他人のやらないことをやっている自分。努力を惜しまない自分。

自分を評価できる点に目を向けられるようになるにつれ、他人から嫌われることなど気にもならなくなったからだ。むしろこの程度で嫌悪されるぐらいなら、こちらから願い下げだとすら思えるようになった。

他者基準でなく自己基準。幸福に生きるためには重要だ。いちいち人の顔色を窺っていてはメンタルを病んでも仕方ない。

ネガティブ思考が減った


後ろ向きな考えが減った。くよくよ悩むことや、過去の失敗を思い返すことも少なくなった。

特に顕著なのは、死にたいと考える頻度が少なくなったことだ。一時は自殺未遂まで起こし、死んだほうが楽だという考えがずっと頭から離れずにいた私がである。

これも脳内で分泌される神経伝達物質の影響なのだろう。薬でもカウンセリングでも休養でもなく、私は筋トレにメンタルを救われた。

筋肉を触るという楽しみが増えた


盛り上がった筋肉は、自身の努力が生み落とした果実だ。我が子のように愛おしくなるのも致し方ない。

だから当然、日頃から筋肉に手が伸びるようになる。特に胸板に触れることが多い。確かな厚みを感じられるとともに、ポジ的にも触りやすい位置にあるからだ。

胸に手を当てている姿は、傍目には謎の祈りを捧げている怪しい人間のように見えるかもしれない。しかし私はただ筋肉を触っているだけだ。筋肉を触って、これまでの自分の努力を褒め称えているのだ。

筋トレを日常とする者には、タンクトップを愛用する傾向がある。これは別に筋肉を見せびらかしたいからじゃない。自分自身の肉体に酔いしれたいからこそ、露出の多い服を好むのだ。

日常のふとした瞬間、自分の筋肉を誇る喜び。これは筋トレに励む者にしか分からない楽しみだ。

筋トレするなら自重トレーニングがおすすめ


ジムに通ってハードに鍛えるか、自宅でマイペースに鍛えるか。筋トレを始めるにあたって最初に悩むのはこの部分だろう。

私のおすすめは自宅でのトレーニングだ。器具は使わない。体重だけで筋肉に負荷をかけていく。いわゆる自重トレーニングというやつだ。

そして自重トレーニングには、次のような素晴らしい点がある。

金がかからない
挫折しにくい
空き時間にできる


特に金がかからないというのが大きい。むしろこの理由以外はどうでもいいとまで思っている。金を払わない生活が私たちの希望であることは、別の記事で述べた通りだ。

ジムで屈強な男たちがバーベルを持ち上げる姿。筋トレ界において、それは華々しさの象徴だろう。男なら誰もが憧れを抱く光景だ。

しかしボディビルダーのような体を目指すのでもない限り、器具を使った本格的な筋トレは必ずしも必要ではない。自重による負荷でも問題なく筋肉を成長させることはできる。

自重にしろウエイトトレーニングにしろ、大事なのは自分をどこまで追い込めるかだ。

キツくない筋トレに意味はない。いかに自分の限界に挑戦できるか。いかに世の中への恨みを筋肉にぶつけられるか。そこが勝負といってもいい。

とにかくインドア派の私たちにジム通いは向かない。自宅でひっそりマイペースに行うのが、継続できる秘訣だ。

最後に


現時点で、私は筋トレを一年ほど続けている。運動すらまともにできなかった人間がここまで続けられたのは、自分が確かに変わっているという実感を得ていたからだ。

ぶっちゃけ、私には自殺願望があった。未遂を起こしたこともある。でも筋トレを始めてから、死にたいと思うことすら少なくなった。

さらにいうと、社会に適合できない身分でありながら仕事を続けられているのも、筋トレのおかげだと思っている。

あらためて結論を述べる。

自分に自信がない人
自分のことが嫌いな人
劣等感に苦しんでいる人
死にたいと思っている人

こんな人には筋トレがおすすめだ。必ずあなたの人生を上向きに修正してくれる。私を信じてほしい。

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